先日、ふらりと立ち寄った場所でのこと。 そこは書店とコンビニが合体しているコンビニエンスストア。そこで何気なく本の棚の前を歩いているとふと目に止まった1冊の本。
タイトルは『AI時代の「お金を稼ぐ力」』。
なんとも直球なタイトルです。「お金」と「AI」。今の時代、誰もが気にせずにはいられない二大キーワードですよね。
実は私、仕事ではすでにAIを使うのが当たり前になっています。 むしろ、彼ら(彼女ら?)なしでは、今の私の業務スピードは維持できないかもしれません。正直なところ、「AIに仕事を奪われる」という巷の悲観論には、少し違和感を持っていました。「奪われる」のではなく、「使いこなせば最強のパートナーになる」というのが、現場で肌身に感じている実感だったからです。
でも、この本を読んで、その感覚が「点」から「線」へと繋がった気がしました。
特に膝を打ったのは、「テクノロジーによる激変は、今に始まったことではない」という視点です。

パソコンが登場したとき、インターネットが普及したとき、ロボットが工場に入ったとき。 そのたびに、当時の人々は「なんだこれは」「人間の仕事がなくなる」と大騒ぎしてきたわけです。
ふと、自分の子供時代のことを思い出しました。 私たちが当たり前に触れていたパソコンやインターネットを前に、両親や祖父母が「魔法の箱」を見るような、あるいは「得体の知れない猛獣」を見るような目をしていませんでしたか。ちょっとそれは大袈裟ですが。
今、AIの登場に戸惑っている私たちは、当時の両親と同じ場所に立っているのかもしれません。 そして、デジタルネイティブな我が子たちが、当時の「私」なのです。
人間、長く生きてもせいぜい100年。 歴史のすべてのテクノロジー進化を見届けることはできません。だからこそ、自分の生きている時代に起きた変化を「特別で恐ろしいもの」と感じてしまう。でも、長い歴史の物差しで見れば、これはただの「進化のページがめくられた音」に過ぎないのですね。
そう思うと、なんだか肩の力が抜けませんか。「わからないもの」を恐れるのではなく、「新しい道具」として面白がればいい。
実は、このブログでもAIで生成した画像を使用したりしています。 私が描くより遥かに上手で、文句も言わず、数秒で仕上げてくれる。少々悔しいけれど、頼もしい相棒です。
仕事はもちろん、プライベートでも。 限られた時間の中で、ひとりで決断し、動き続けなければならない私の日常において、AIはもはや「なくてはならない右腕」になりつつあります。
AI時代は、怖がる時代ではなく、使い倒す時代。この本は、そんな風にちょっと背中を押してくれる、優しい指南書でした。
進化の波に飲まれるのではなく、サーフボードに乗るように、軽やかに乗りこなしていきたいものですね。



コメント